罹災証明書

東日本大震災当日は出かけていて地震に遭遇した時はヨドバシの店内だったので、家のマンションがどれくらい揺れたのかは皆目見当もつかなかった。



当日は地震直後に大停電となり、全ての交通機関が止まってしまったから帰るに帰れず、雪降る寒波の中を駅ビルに避難し一夜をその地下で明かしたのち、翌日、運よく動き出したバスに乗り、家まで漸くの思いで帰って来たのであった



海寄りの沿岸地方に引っ越していれば、大津波で家を失ったであろうか、山寄りの丘陵地帯に引っ越したことが 不幸中の幸いと云うべきか、しかし、その後の報道でこの地は最大震度6強と云うことを知り、建物に被害のない方がおかしい状況であった。



事実、鉄筋コンクリートのあちこちに亀裂が生じており外壁のタイルも所々損壊している。特に窓周囲の四辺はことごとく亀裂が発生していてそれは外壁だけではなく、内壁においても同様なのである。



マンションの販売会社と管理会社に見てもらったところでは建物強度を維持する構造柱には損傷が無いので大丈夫とのことではあったが、亀裂を補修するにはどれくらいの費用が掛るのだろうか、皆目見当もつかないのであった。



外壁やベランダ等の共用部は管理組合が一括対応するとしても、内壁などの占有部は個人が補修しなければならない。地震保険が適用されてもそもそも火災保険金額の50%までしか保証されないから非常に不安である。



とりあえず、あらゆることに備えておくためにも罹災証明書を申請することにした。



区役所に出かけ窓口に行ってみると大勢の申請者でごった返していて、漸く受け付けて貰えても被災の程度を調査するには数カ月かかるとのこと。その間の各種申請のため、とりあえず、罹災証明書申請中の証明書を発行してもらったのである。



3年前、こちらに引っ越ししなければ今回の震災に遭うことは無かったのにとその不運を恨みもしたが、この大震災の影響範囲広く、もと住んでいた横浜の八景島近くの海岸を埋め立てた住宅地は 液状化の被害を受けてマンションの土台が浮いているとニュースで知り、引っ越ししてもしなくても、いずれにせよ大震災の被害を受ける運命であったことに愕然としたのである。


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一生に一度は遭遇しない天災、輪廻転生を重ね10回生まれ変わっても一度遭遇するかしないかの天災では神も仏もその存在は霞んでしまう。



窓から見える一戸建ての家並み、木造のそれらは一見何事もなかったかのようにきれいな家並みを見せてはいるが、所々、屋根にブルーシートを被せ、じっと余震の揺れに耐えているのであった。








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