サバイバル生活の始まり

停電は 地震発生時から 丸3日続いた。



その間、マンション上階の水は出ないから1階の水道まで汲みに行かなければならない。マンションの受水槽には未だ水が残っていたのである。この水が無くなるときには周辺住民と同じように、給水車が来るまで近くの学校や公民館で長い列を作って待たなければならない。



そして当然ながら都市ガスも止まっているから、一切の火が使えない。八甲田春スキー用に山スキー用のガスバーナーと燃料ボンベを少しは持っているが、いまは未だその貴重なサバイバルキットを使う時ではない。もっと、絶望的な状況が来るときに備えて取っておくべきなのである。



このようなときの食料はと云うと、スーパーやコンビニも停電で営業不可能だから、冷蔵庫に入っている残食材や保存食料を食べることになるが、火を使えないから軽食にならざるを得ない。一体何をどのように食べていたのか、高々数日しか経っていないのに思い出せないのである。



一番困るのがトイレだ。部屋の水洗トイレは水が出ないので使えない。仮に使ったとしても風呂の残り水で流してやらなければ直ぐに汚くなってしまう。だから、小は未だしも大は我慢したままだった。この異常事態でほとんど食っていないも同然だったから大も出なかった。



そのうち、周辺の様子を伺っているうちに避難所の小学校や公民館に水の出るトイレがあることが分かり、大はそこで用を足すようにしていたのであった。


このような災害の場合、3日も経てば救援用物資提供や炊き出しが行われると過去のニュースでは報じられたものであるが、今回もきっとそのようになるだろうと安易に考えていたが、3日過ぎ4日過ぎても一向にそのような気配が感じられず、それどころか、状況は日々悪くなり、ガソリンスタンドには給油を待つ長い車の列が続き、停電でも無理やり営業を開始したスーパーやコンビニには供給食材が入らず、店のストックを全て売り切ってあっという間に何もなくなってしまった。



3日過ぎてから電気が開通し水道も復旧し始めたところだが、全てはそこまでで、その先は全く何も改善されていないのである。ガスも来ない、ガソリンスタンドも売り切れ、スーパーも売り切り、コンビニも売り切れ!
あらゆるものの供給が止まったままだ!



避難所にいる避難民とて同様、不幸中の幸いで家が残った被災民とて同様、一体全体、政府は何をやっているのだ!!!!
我々を見殺しにするのか!!!!!
怒りしか覚えない!!!!!!


画像
ホテルに避難したくとも、事情はホテルでも同じ。あらゆるインフラが機能不全に陥っているうえ、ホテルとて緊急物資の入手は不可能。



おまけに建物の安全確認に手間取っているようだから、暫らく営業は開始できないだろう。建物外壁に大きな亀裂ができたこのホテルは絶望的かもしれない。



本当は安全なところに脱出したいところなのだが、車では高速道規制で使えず、一般道ではいついかなる障害に遭遇するか分からず、おまけにガソリンが無くなればハイそれまでよ!



列車は動かず、バスが辛うじて一日数本規模で動き出したところだが、乗れるかどうか保証の限りではない。



このサバイバル生活、この先、一体全体何カ月、否、何年続くというのだろうか。

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  • 余震に怯える日々

    Excerpt: 地震など好きな人がいるはずもないが、東日本大震災では家は何とか倒壊しなかったものの、異常なほどの余震の多さと大きさに、日々、戦々恐々として首をすくめながら過ごしている。 Weblog: さよならの八甲田 racked: 2011-03-30 16:48
  • ニンニクの力

    Excerpt: 東日本大震災が発生してから丸3日間は停電が続いていたから、その間、水道は止まるは、トイレは使えないは、ガスももちろん使えないは、エレベータも止まるはのサバイバル生活を送っていた。 Weblog: さよならの八甲田 racked: 2011-05-30 17:24