魔界の金曜日  マラガの涙

前回からの続き
<あらすじ その2>
メタボ検診の結果は全く問題のないものであったが、医者からは、唯一、血圧に関してだけ自宅で観察するようにと言われたことから、早速血圧計を購入し、毎朝測定する生活が始まった。しかし、手首式血圧計で測る測定値は高くても120前後の値に留まることから、医者の測定値そのものに疑問を覚え、日々の生活習慣を変えようと思う程の契機とはならなかった。

季節の変化は素早く、秋が訪れていると思っている間もなく、早くも雪の降る寒さが襲ってきた。山々は白く冠雪し、里の緑と鮮やかな対比をなす。晩秋に舞う落ち葉が例年より早めに冬が訪れることを諭し、初めての冬ごもり生活ともいえる準備のために慌ただしい気持ちを抱いている内に、はやくも今年が過ぎ去ろうとしているのだった。


一方、マドリードのJUAN宅を訪ねるべくY氏と出かけたスペイン旅行の思い出は、コルドバのメスキータを経てグラナダにあるアルハンブラ宮殿へと進んでいった。イスラムとカトリックが融合した歴史的な建造物に目を奪われ、ドングリだけを餌として飼育されたイベリコ豚のベジョータに舌鼓を打つのであった。
<あらすじ ここまで>

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アルハンブラ宮殿の壮大さに圧倒され、感嘆の溜息を残してJALバスは出発した。目指すは、コスタ・デル・ソル沿いの白い街ミハスである。



バスは高速道路をマラガへと進んで行った。マラガはアンダルシアの中でも重要な商都であり、地中海に面する要港としてアフリカ貿易の拠点であると同時に、マラガ空港からスペイン各地や欧州各国へ飛ぶためのハブともなっている交通の要衝である。



車窓から高層ビルの林立するマラガ市内を見ていると、昔、まだ海外旅行が不慣れな頃、マヨルカ島ツアーに参加し、マラガに一度だけ立ち寄ったときの情景が思い出されてきた。



それは、マヨルカ島からの帰り、バルセロナ行き飛行機がマラガ空港経由で、乗り換えのために空港ロビーで待っていたとき、ちょうど昼日中頃だったと思うのだが、遠くのゲートから慌ただしく入ってきた一人の日本人女性が私に声を掛けてきたのだった。



その子は、旅行中にも拘わらず、すっぴん状態でひどく慌てた様子だったのだが、止むに止まれぬという雰囲気を全身に漂わせて言うには、朝寝坊をしてしまい、彼女の参加していたツアーの出発に遅れたために、一人ホテルに取り残されてしまったと言う。漸く空港までたどり着いたのだが、予定の飛行機は既に出発してしまい、なんとか、手持ちの団体チケットで今夜の予定地であるマドリードまで飛びたいのだが、イベリア航空の職員にその旨、説明してくれないだろうかと相談されたのだった。



どうやら、彼女は私をスペイン語の話せるツアー添乗員と思い込んだらしいのだが、側で聞いていた本当の添乗員が彼女を連れて搭乗窓口へと行き、しかるべく交渉したのであった。通常、Fixedの団体航空券では指定便以外には乗ることが出来ないのだが、たまたま、後の便に空きがあるらしく、また、イベリア航空の計らいもあって、彼女は無事、マドリードへと飛び立つことが出来るようになった。その眼には安堵の色と緊張から解き放たれた涙がいっぱいに溢れていたのだった。



マヨルカ島ツアーでは日本から添乗員が同行していたから、このような事故は起こりようがないのだが、旅の間に親しくなったA氏はこう解説した。

よくあることなんだよ、添乗員が同行しない格安の現地集合現地解散ツアーでは。現地人の係員だけが空港とホテル間を案内する場合には、その係員がいい加減だとロクに人数確認もせずに見切り発車してしまうのだという。さらに、そのようなツアーでは日本人同士の連帯感も希薄なことから、昨日まで隣に座っていた人が今日は居なくても、誰も気に留めないのだという。誰かが気を利かせて点呼をすれば良いのだろうが、そうは成り難いのだそうだ。

さらに係員によっては、早朝のホテルへの迎えが予定時間より遅れてしまい、飛行機の出発時間に間に合わなくなるトラブルもあるという。格安の海外ツアーの中には、日本人の考える旅の品質と相当の乖離がある場合もあり、ご用心とのことであった。



その時は、なるほど、そうなのかと他人事のように思っていたのだが、後年、リスボンで 日帰りファティマツアーに参加したとき、それは外国人ばかりのバスツアーで、スペイン人のJUANと出会ったツアーでもあったのだが、ポルトガル人ガイドが道中の案内をポルトガル語とスペイン語と英語の3カ国で連続的に早口で説明する非常にハードな旅だったのだが、休憩地点やランチのためのサービスステーションに停車するとき、ガイドは出発時間を告げるのみで、いざ、バスが出発するときには、ロクに人数確認もせずに出てしまうのだった。

ポルトガルの片田舎でバスに置き去りにされたら、リスボンまで帰る術がない。私は必死の思いで時計を確認し、時間厳守に努めたのであった。

画像

(奇跡の地 ファティマにて  JUANとX嬢とともに)


考えてみれば、日本人とは生き様の異なる彼らにしてみれば、彼らのミッションは、団体客を乗せて空港とホテル間を規定時間に添って送り届けることである。あるいは、それがバスツアーであれば、やはり、指定の時間に添い、刻々と歩を進めることである。途中、客が時間に遅れようがそれは彼らの問題ではなく、遅れた客の問題なのだと割り切っているのであろう。

契約社会に於いては、サービスを提供する方はそのサービスを全うすることに責任がある。一方、サービスを受ける方にも責任があり、それは決められたことを守ると言うことである。それは時間であったり、マナーであったり、団体行動を乱さないということだったりする。

確かに、ファティマツアーでは、大型バスにおよそ30人程の外国人が乗り合わせたのだが、道中、誰一人として時間に遅れるものは居なかったのである。それは、ある意味、見事としか言いようのない時間感覚であった。これが日本人だと、必ず一人二人くらいはどこかに消えてしまい、出発が大幅に遅れる原因となりがちなのだ。



彼の地での生活習慣や生活感覚は我々とは異なるものなのだということを、これほどはっきりと味わったことは無かった。自己管理と自己責任の徹底した社会なのであろう。その分、他人に対する余計なお節介のない社会なのである。努々、日本に居るように曖昧な気持ちで善意を期待しては出かけられない国々なのだ。



マラガの街並みを見ながら、暫しこのような思いに更け、真夏の太陽が焼けるように紅く染める都市に異国で暮らす畏怖の念を抱きながら、コスタ・デル・ソルへと向かうのであった。この旅の終わりにJUANと再会したとき、マラガは危険な街だと言われた。アフリカからの不法移民者が街を闊歩し、旅行者を狙った犯罪が絶えないのだという。



次回へ続く











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    Excerpt: 一昨日の木曜日、確定申告の書類を作ろうとPCを立ち上げたところ、暫くご無沙汰の方2名からメールとメッセージが届いていた。 Weblog: さよならの八甲田 racked: 2010-02-13 21:03
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    Excerpt: 昨年の暮れ、いつものように ファティマ宛てクリスマスカードを 出していた。 Weblog: さよならの八甲田 racked: 2011-01-19 18:54