嵐の翌日

季節はずれの 冬の寒気が嵐のように訪れた 翌日、朝からスッキリと晴れた秋空が拡がった。

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遠くの山々は白く冠雪し、里の緑と鮮やかな対比をなす。いかにも気持ちよさそうな空間へ、今日もこれから早朝ランニングに出かけた。



トレーニングウェアを重ね着し気温の低下に備えたが、走っている側から汗ばんでくる。秋の陽射しが昨日とは違う気温の上昇をもたらし、これが平年の気候なのかと思い直したのだった。考えてみれば、未だ11月中下旬、冬の訪れにはちと早い。



毎日、目まぐるしく気温が変わると、体調を崩し易くなるものなのだが、こちらに引っ越してからというもの、何故か風邪ひとつ引かない状態が続いている。前回、風邪を引いたのはいつかと記憶をたどってみると、ちょうど1年前、サイクルモード2007 を見るために幕張メッセを訪れた 直後だった。大勢の人混みの中で感染したのだろうか、それはひどい悪性の風邪に罹り、年末の忘年会をドタキャンすることになってしまった。



こちらに引っ越してからというもの、仕事関係や知人との交わりがほとんど無いことから、対人的感染ルートが遮断されている所為だろうか、それとも、森林に囲まれた環境が風邪ウィルスの発生を抑えている所為であろうか、とにかく、不用意に風邪に罹らないという結果は、想定以上の出来事である。



このまま、永遠に風邪と決別できればよいのだが、きっとそう上手くはいくまい。となると、人類がここまで生存してきた歴史的過程に於いて、あらゆる敵対する雑菌と共生してきたという遺伝子的事実に鑑みて、早急に今年の風邪菌に感染する必要があるだろう。



さもなくば、このような無菌状態を長く続けることが、人類の防御能力である免疫性を低下させることとなり、あるとき、ごく普通のたわいもない風邪菌にやられてコロリと死んでしまうことになり兼ねない。



早速、寺山修司のように 書を捨てて町へ出よう。人混みの中に埋もれ、そして、ありとあらゆる雑菌に侵されようぞ。日々のストレッチが抗体を造るエネルギーの基となるのなら、人混みの吐息を吸うことは抗体パターンを学習する教育課程である。ついでに酒を飲みカラオケでも歌えば、精神まで解放される。



人類は無駄と刺激がないと成長できない生き物なのだ。ひとつでも偏った生活をすると途端に病気に掛かり易くなる。あらゆる無駄は無益ではあり得ず、人を人らしく生かすために必要なエネルギーとなるのである。例えば、今度のような突如訪れる冬の寒気であろうとも、それは無駄な天候の悪戯などでは無く、十分に刺激的な季節の変化として受け入れられるのだった。







寺山修司少女詩集 (角川文庫)
角川書店
寺山 修司

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