夏のプールと金属疲労

終日激しい雨が降り続く日曜日、いつものように朝からプールへと出かけた。それにしても、この本気の雨模様、いつまで降り続くのだろうか。夏が過ぎ去るどころか、ノアの箱船になってしまいそうである。



日曜日、空いている午前中のコースでは、一コースにつき、ほぼひとりで占有することが多い。それが、今日はどうしたことかやけに混み合っている。きっと、この雨の所為でみな外へは出かけず屋内ジムへとやって来たのだろうか、それとも、北京オリンピックも最終日でめぼしい競技も終了し興が冷めてきた所為だろうか。



そんなことを考えながら、前日やや夜更かししたこともあり、今日は軽めの 4クオーター にしようと思いながらゆっくりと泳いでいると、体躯の良い兄ちゃんが同じコースに入ってきた。



そして、足を激しくキックし水を跳ね上げながら泳ぎだしたのである。このような泳ぎ方は水の抵抗が大きく、正直、決して早くはないし、はた迷惑な泳ぎ方である。すれ違う際に相手の水しぶきやらよけいな波が、こちらの泳ぎに影響する。おまけに、コースイン側で呼吸する場合には、その水しぶきと波がブレスの妨げとなるのである。



暫くその状態で泳いでいると、一緒に泳いでいたおばさんが堪りかねたように上がってしまった。そして、その兄ちゃんと私の二人がお互い、25mずつの間隔を保ちながら泳ぎ合う状態となったのである。



両端のコースエンドでターンし、コース中間点にラインが引いてあるセンターですれ違う。その均衡状態を暫く保っていたが、お互い、明らかに相手よりハイペースで泳ごうと意識しあっていた。そして、コースエンドでターンしたときに、対岸の相手がターンし終わっているのかいないのか、中間点ですれ違うときに、相手をどれだけリードしているのかいないのか、そのような無言の競争を続けることとなった。



しかし、こちらは既に1クオーターは泳いでいるのでそれほどペースアップは期待できない状態だし、それに比べて相手の兄ちゃんは泳ぎ始めたばかりだから未だ勢いが有りそうだし、と思っていると、やはり、中間点ですれ違うたびに次第に相手がリードし始めたのである。



そして、明らかにそのリードを更に広げようと相手が一層激しく水しぶきを上げ出したところで、こちらもやむなくスピードアップを図った。一掻き毎のスパンが長く取れるように腕と足のキックに多少の勢いを付けるため、水中での滞留時間を極力長く取り、そして、空中ではコンパクトに。水流の抵抗が増さないよう腕や足のキックは無駄な泡が発生しないようにスムーズに水を切る。



このように、当方の2クオーター目はかなりのハイペースとなり、呼吸も荒いものとなってきた。今日の目論見では寝不足をカバーするためにゆっくり泳ぎ適度な疲労感を得るはずだったのに、これでは、当てはずれの過労になってしまう。しかし、相手もその勢いが次第に弱ってきたようで、コース中間点の相手のリードが次第に縮んできたのであった。



この兄ちゃんの泳ぎでは長くは続くまいと読んでいたが、その通りとなってきた。腰が水中深く落ち腹筋の弱さを露呈しているし足も深く沈んでいる。腕だけが無駄にばたばたと空を切り、喘ぎあえぎ呼吸しだした。これでは終焉も近いと思っていたところで、やはり、2クオーター目の終わり近く、その兄ちゃんは突然泳ぎを止めて上がってしまったのである。



それを見てほっとし、スローペースの泳ぎに戻す。実を言うとこちらも目いっぱいの状態だった。しかし、相手が先に降参したから、やれやれと思い、このままゆっくり泳ぎながら疲労回復を待つ。



しかし、水泳とは決して 腕や足の力で泳ぐものではない と思っていたが、正にその証明となった。大胸筋と腹筋、そして背筋の総合力で泳ぐのである。これらの筋肉は瞬発力こそ無いが持久力がある。それに対し、腕や足の筋肉は一瞬の力は強いが長くは続かない。そして、決して 荒々しく呼吸をしてはいけないのである。長く泳ぐためには平常心の呼吸こそ大切。ゆっくりとしたリズムで呼吸し、そのリズムの許す範囲で手足を動かしてやる。これが、長く泳ぐコツなのである。



結局、この日、それから更に2クオーターゆっくりと泳ぎ、トータル4クオーターをこなしたところで定量とし、プールから上がった。ミストサウナとジャグジーに入りながら、無我の境地を試みるが、北京の日本選手のことが頭を離れない。



マラソンの過労死とでも呼べる戦線離脱。練習のし過ぎで身体を壊してしまったとか。



そもそも絶対に壊れることがないと思われている金属だって使いすぎると金属疲労という疲労破壊を起こす。だから、特に振動の多い航空機では定期的に金属疲労の検査を実施し亀裂の有無を確認するとともに、一定周期毎に部品交換を行うのである。



人間の身体は不死身だとでも思っているのだろうか、使い過ぎると金属以上に柔なその身体は、当然に悲鳴を挙げるだろう。スポーツ医学がどこまで進化しているかは知らないが、明らかなオーバーワークや練習のしすぎは、過ぎたるは及ばざる如しか。昔から言い古された諺ではあるが、いまさらながら愚かな過ちを冒したものだと思う。



人間の身体をどこまで酷使すると壊れるかという定量的データは存在しないのだろうし、そんな実験などナチスでもなければ人道的に出来るわけがない。だから、オリンピックなど競技会の度にデータを積み上げるしかないと思う。しかし、壊れるか壊れないかのぎりぎりのところで競う競技とは酷なものである。ある意味、非人道的とさえ言っても過言ではないだろう。



世の中、全て過ぎたるは及ばざる如しの状態となっているのかも知れない。いつの間にか、普通のことでは普通とさえ思われず、極限的に非人道的領域に達しないと世間から認められないという、パラドックスの世界が厳然と存在してしまったようだ。それは、スポーツの世界に限ったことではなく、一般の社会の中でも極普通に仕事中毒が蔓延し死ぬほど働かないと評価されない風潮があるし、それがために精神的にも肉体的にも壊れてしまう人もいるのである。

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プールからの帰り際、喉の乾きを癒すために冷たいビールを飲みのみ、これだけは過ぎても及ぶこと能わずと願う。週に一度訪れるこの至福の瞬間、軽々とは手放すこと能わず。例え、過ぎたるは及ばざる如しとなろうとも。

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