コテコテのジェノアーゼと共に夜は更けて  その1

これは前作、「氾濫の町からブレンナー峠を越えて」に続く旅の記憶である。
ヨーロッパを南北に分かつブレンナー峠を越えてイタリア入りした私は、オーストリーとは打って変わったその天候に驚かされた。心の中では、イタリアも大雨の影響を受けているのではないかと心配していたが、洪水などどこの国の出来事かと云わんばかりの快晴の日々に、思わずホッとするのであった。


ドロミテ航空の小さな双発プロペラ機は定刻通りジェノバに着陸した。空港からホテルまではタクシーで移動したが、その中の出来事は「私のロードス島攻防記」に記載したように、雲助運ちゃんと格闘をしていたのであった。


ほんの20分ほどでホテルに着きチェックインする。
シティと言う名のそのホテルは街の中心部にあるフェラーリ広場に抜ける路地にあり、市内を歩いて散策するには便利なホテルである。



ホテルフロントで市内地図を貰い、鉄道のプリンシペ駅目指して歩いてみる。ガリバルディ通りを挟んで荘厳な石造建築である赤の宮殿と白の宮殿を見やりつつ、夏の強い陽射しを受け汗ばむ暑さに堪えながら進むと、日焼けした褐色の青年とすれ違った。


それほど背丈が高くない細身の青年は、地中海を挟んだ対岸のチュニジア人とイタリア人との混血のようにも思われ、決して身綺麗とは言えないその身体から強いムスク香料の臭いを嗅ぎとった私は思わず吐き気を催してしまった。


日本の習慣とは異なることではあるが、こちらの人は相当に暑くてもシャワーだけで済ませてしまうし、毎日シャワーを使う人は未だ良い方で、中には何日も身体さえ洗わない人もいるという。そして、この暑さで汗をかくと、乾いた空気はその汗を即座に乾燥させ、あとには不快な体臭を残す。


その体臭を消すために臭いの強い香水を身体中に振り掛けるのであるが、ムスク特有のアンモニア臭と動物的なきつい体臭とが入り混じり、乾いた空気を歪んだ焦げ茶色に染めていた。




プリンシペ駅への道すがら、右手には切り立った崖の上に古城が見え、左手にはコバルトブルーの地中海が見える。その雄大な景観は、ここが中世の要塞都市であったことを窺わせるに十分な偉容を誇っていた。事実、街の建物はみな分厚い石造りの時代物で何世紀もの月日が経過したように褐色の色にくすんでいるのであった。


その石造りの街並みと刺激的な香料の臭いに満ち溢れた空気は、次第に私を非日常的感覚へといざなって行くのだった。うろうろと街の中を歩き回り、中世のカオスに迷い込んだ私はいつしか冥府の闇を歩く犬のように当て所無く彷徨い歩いていた。


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次号へ続く

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