氾濫の町からブレンナー峠を越えて  その4

前号からの続き
雨と洪水の影響は、この年のザルツブルク音楽祭を散々なものにし、地元のテレビニュースでは、新監督となったペーター・ルジツカが宿泊先のホテルに閉じ込められ困り果てている姿を何度となく放映していた。



きっと、夏の避暑地に来ている多くの観光客たちも何時もと勝手が違い戸惑っていたのだろう。毎夜、ガブラー・ブロイでの酒宴の異様な盛り上がり方が萎んでしまった音楽祭の意趣返しのように思われ、酒と肴と饒舌さが満たされない気持ちを静める唯一の手段となっていた。


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飛行機は徐々に高度を上げ、厚い雲を突き抜けて青い天空へと舞い上がる。
フライトアテンダントがボトルの残りを全部空けてしまおうとシャンパンのお代わりサービスで巡回していると、通路を挟んだ一列後ろの席に座っているイタリア人の老夫妻がなにか言い争いを始め、老夫の方がアテンダントからシャンパンボトルを奪うと、自分のグラスに全部注ぎ込み一気に飲んでしまった。そして、ふぅ~と深いため息をつき、笑いながらグラッツェと言って空のボトルをアテンダントに返した。
老妻は知らぬ素振りをし、顔を窓に向けたまま外の景色を見続けていた。


雲の上を飛ぶ飛行機からは青い空しか見えず、下界がどのように映るかは見る人の気持ちに関わる。
老夫妻が言い争った理由は分からないが、一つだけ明らかなことがあるとすれば、それはザルツブルクでの満たされない気持ちなのだろう。



飛行機は、アルプス山脈に連なるイタリア側の尾根を真下に見ながら快調に飛行を続け、雲の切れ間からは、鋭く切り立った岩肌を晒す崖や氷に覆われた山々が延々と連なる様子が見えてくる。

やがて厚い雲も次第に消え去り、緑濃い山々が現れると、峰々を縫うように走る峠道が鮮やかに描かれていた。そして所々に湖と村が点在し、それはまるで絵はがきのような風景にも思われ、オーストリー側の曇天とは異なる全くの別世界が開け出した。


自然に満ち溢れたものは精神を触発する。
いつかこの峠道を車でドライブし、山村のホテルに宿泊すると素晴らしい旅になる予感がした。きっと、美味しいチーズと生ハムそしてワインが出迎えてくれるに違いないと想像すると、このフライトがまんざら高いものに着いたとも思われなくなってきた。



後に知ったのだが、この峠はブレンナー峠と言い、今年の9月17日付け朝日新聞月曜コラム欄の「9月の分水嶺」(高橋郁男著)にある通り、欧州を南と北に分かつ峠として有名なのだそうだ。9月の分水嶺ではこのように述べている。「峠の雲から降る雨が南に落ちれば、それはイタリアの地を経て地中海に注ぐ。北側に落ちれば、ドナウ川を経てはるか黒海に注ぐ。同じ雲から生まれてわずかの違いで道が分かたれる。」


イタリアの地とオーストリーの地、峠を挟んで明らかに気候が違う。同じように、イタリア人とオーストリー人、確かに性格も違う。それはブレンナー峠が「人の分水嶺」でもあるためか?

そして、その峠は、私に取っては「旅の分水嶺」となるのか?




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高橋 郁男

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  • コテコテのジェノアーゼと共に夜は更けて  その1

    Excerpt: これは前作、「氾濫の町からブレンナー峠を越えて」に続く旅の記憶である。 ヨーロッパを南北に分かつブレンナー峠を越えてイタリア入りした私は、オーストリーとは打って変わったその天候に驚かされた。心の中で.. Weblog: さよならの八甲田 racked: 2007-10-11 19:40